漢詩と中国文化
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豫章行:李白


李白の五言古詩「豫章行」(壺齋散人注)

  胡風吹代馬  胡風 代馬を吹き
  北擁魯陽關  北のかた魯陽關を擁す
  呉兵照海雪  呉兵 海雪を照らし
  西討何時還  西討 何れの時にか還らん
  半渡上遼津  半ば渡る 上遼の津
  黄雲慘無顏  黄雲 慘として顏(かんばせ)無し
  老母與子別  老母 子と別れ
  呼天野草間  天を呼ぶ 野草の間
  白馬繞旌旗  白馬 旌旗を繞り
  悲鳴相追攀  悲鳴 相ひ追攀す
  白楊秋月苦  白楊 秋月苦(さ)え
  早落豫章山  早く豫章の山に落つ

胡風が山西の兵を動かし、北の魯陽の峠を塞いでいる、呉の武器が雪の降った湖を照らす、西へと討伐にむかうこの兵たちは一体いつ帰れるのだろうか

兵たちは上遼の渡しを渡るところだ、黄雲が暗く垂れ込め、兵たちの兵法はうつろだ、老母が息子と別れる悲しさの余りに、草むらの陰で天に向かって叫んでいる

老母は白馬や旌旗の間をすり抜けて、隊長にすがり付いて痛ましい叫び声を上げる、時に白いポプラの木に秋の月がかかり、そのまま豫章の山に沈んでいく

  本為休明人  本(もと) 休明の人為(た)り
  斬虜素不閑  虜を斬ること素より閑(なら)はず
  豈惜戰鬥死  豈に戰鬥して死するを惜しまんや
  為君掃凶頑  君が為に凶頑を掃はん
  精感石沒羽  精 感ずれば石にも羽を沒す
  豈雲憚險艱  豈に險艱を憚ると(い)はんや
  樓船若鯨飛  樓船 鯨の飛ぶが若く
  波蕩落星灣  波は蕩(ゆる)がす 落星灣
  此曲不可奏  此の曲 奏すべからず
  三軍鬢成斑  三軍 鬢 斑と成らん

老母は言う、息子は穏やかな人間です、戦いで人を殺すことなど学んだことが無いのです、

息子は言う、私は戦いで死ぬことを恐れていません、皇帝のためにぞ賊を退治しなければならないのです、情熱が激しいときは羽でも石を貫くというではありませんか、險艱を前に尻込みするわけにはいきません

櫓のそそり立った船は鯨の飛ぶように走っていき、落星灣には波が逆巻いている、この歌には曲があるがそれを奏することはできない、もし奏すれば兵士たちの髪は真っ白になってしまうだろうから


この詩は、安碌山の乱に際して、討伐へと駆り出される呉の兵士たちを歌ったものである。胡風は異国の風つまり安碌山を指し、代馬とは代(山西)の騎兵を指す。安碌山は河北で兵をあげると、山西に攻め込み、勝った勢いで河南へと進出した。それを迎え撃つため江南の地から大勢の兵士が徴収され、ろくな訓練も受けないまま戦場に借り出された。

李白のこの詩は、そんな江南地方呉の兵士たちの運命を歌っている。ポプラが西へ沈むとは死の隠喩であり、それを察知した老母が息子の運命を憂いて直訴する光景が描かれている。

杜甫の反戦詩とは違った趣があるが、兵士たちの不運と為政者の無能を糾弾しているところに、独特の迫力を感じさせる。

なお李白は古くから伝わる同名の樂府を下敷きにしてこの歌を書いた。その樂府の曲にあわせてこの歌を歌うと、兵士たちの髪が白くなるだろうといっているところから、もとになった曲は哀切なものだったのだろうと思われる。






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