漢詩と中国文化 |
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李白:漢詩と中国文化 |
このサイトでは、中国が生んだ偉大な詩人李白について、その放浪の足取りをたどりながら、代表的な作品を読み解いていきたいと思う。 李白は今日に1000余りの詩を残しているが、それらは作られた時期や背景の不明なものが殆どである。同時代の詩人杜甫については、各々の詩について殆ど制作年代が分っているのと対照的である。それは書いた本人の創作態度にもより、また初めて全集が編纂されたときの事情にもよる。 杜甫の詩は、杜甫自ら編年体に整理して保存していたことに加え、その内容は時局に触れたものが多い。したがって一つ一つの詩はおのずから時代背景の中に浮かび上がるようになっている。しかも最初の全集からしてすでに、詩を編年体に並べる方法が取られた。 これに対し李白の場合には、時局に触れた詩は少なく、自然や人情をテーマにして歌ったものが多い。李白自身自分の詩を時代との関連で説明しようとした形跡もない。それに加え最初の全集からして、創作年代を無視してテーマ別に並べるという方法がとられた。 こんなことから、李白のそれぞれの詩を生涯のどの時点に位置づけるかについては、確固とした根拠がない場合が殆どだ。このサイトではそれを前提としつつ、敢えて個々の作品を李白の生涯の一定の時期と関連付けて取り上げてみた。 なるべく資料そのものに語らしめるという方法を貫きながら、資料から読み取れないところは想像で埋め合わせした。もとより確実性を主張できるものでないことはいうまでもない。 李白の生涯は大きく四つに時期に分けられる。青少年時代は別として、今日に傑作として伝わるようになる詩を書き始めたのは、李白が25歳で蜀を出て最初の放浪に出かける頃のことである。この25歳ころから42歳ころまでが第一の時期である。 第二は42歳から44歳頃まで、玄宗に仕えた長安の時代。第三は長安を追われて再び放浪をした44歳ころから56歳頃まで、第四は56歳ころから62歳で死ぬまでの晩年の時期である。 これから紹介する個々の詩は、この時代区分のいづれかに含ませている。先述のように確証があるわけではないが、選んだ詩は何らかの点でそれぞれの時代の特徴と深いかかわりを持っていると考えている。 なお、全体の総説として李白の生涯と作品の概説を冒頭に載せたほか、各時代区分の項には、その時代における李白の行動やら試作の傾向について、簡単な解説を付記した。 李白:生涯と作品 李白放浪の前半生:25歳から42歳まで ● 峨眉山月歌 ● 早發白帝城 ● 懷仙歌 ● 元丹丘歌 ● 山中問答 ● 山中與幽人對酌 ● 静夜思 ● 長干行 ● 太原早秋 ● 憶舊遊,寄焦郡元參軍 ● 春夜洛城聞笛 ● 客中作 ● 嘲魯儒 ● 贈孟浩然 ● 黄鶴樓送孟浩然之廣陵 ● 襄陽歌 ● 南陵別兒童入京 ● 贈内 長安の李白 ● 宮中行樂詞八首其二 ● 清平調詞 ● 子夜呉歌 ● 烏夜啼 ● 杜陵絶句 ● 少年行 ● 覇陵行送別 ● 月下独酌 ● 待酒不至 ● 前有一樽酒行二首其二 ● 春日醉起言志 ● 將進酒 ● 下終南山過斛斯山人宿置酒 ● 對酒憶賀監 李白後半生の流浪の旅:偉大な創造の時期 ● 梁園吟 ● 魯郡東石門送杜二甫 ● 登金陵鳳凰臺 ● 蘇臺覽古 ● 烏棲曲:李白 ● 越中覽古:李白 ● 寄東魯二稚子:李白 ● 野田黄雀行:李白 ● 邯鄲南亭觀妓(平原君を偲ぶ):李白 ● 行路難:李白 ● 蜀道難:李白 ● 戰城南:李白 ● 古風其一「大雅久不作」:李白 ● 古風其九「荘周夢胡蝶」:李白 ● 遠別離:李白 ● 夢遊天姥吟留別:李白 ● 宣城見杜鵑花:李白 ● 望天門山:李白 ● 独坐敬亭山:李白 ● 秋登宣城謝兆北樓:李白 ● 送友人:李白 ● 哭晁卿衡:李白 ● 贈汪倫:李白 ● 清溪行:李白 ● 秋浦歌十七首其一:李白 ● 秋浦曲其十五(白髪三千丈):李白 ● 春夜宴桃李園序:李白 ● 豫章行:李白 ● 望廬山瀑布其一:李白 ● 望廬山瀑布其二(飛流直下三千尺):李白 ● 最晩年の李白:投獄と恩赦 ● 永王東巡歌十一首其五:李白 ● 上三峽:李白 ● 流夜郎贈辛判官:李白 ● 陪族叔刑部侍郎曄及中書賈舍人至遊洞庭五首:李白 ● 臨路歌:李白の臨終の歌 |
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