漢詩と中国文化
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毛利和子「中国政治」


毛利和子は、現代中国政治の研究家で、日中関係について詳しい。岩波新書から出した「日中関係」は、冷戦期から日中国交回復に続く良好な関係の時期を経て、2005年の反日デモが物語る対立関係の激化に至るまでの時期を解説していた。「中国政治」と題した小冊子は、それから十年後の2016年に出したもので、「習近平時代を読み解く」という副題が示唆するように、習近平登場以後の現代中国を、主に政治・経済の面から分析したものである。

習近平が中国のリーダーとして登場したのは2012年の第十八回党大会でのことだが、その二年前に中国は日本を抜いて世界第二の経済大国になっていた。そんなこともあり、習近平は強大化した国力を背景に積極的な政策を進めるようになった。特に外交面では積極的で、時にはその強引なやり方が対立を招くこともある。ケ小平の時代には、韜光養晦が国是とされていたので、習近平の姿勢はそれまでとは極めて対照的に映る。そんな中国が今後どのような方向に進んでいくのか、その中での日中関係はどうあるべきか、それが彼女の基本的な問題意識のようである。

毛利は、現代中国の成長と安定を支えているのは、共産党、国家、軍が一体となって中国社会を牽引する三位一体メカニズムだと言っている。この三者のうち、中軸になるのは共産党で、それが国家と一体化し、また軍を掌握している。中国の軍は、人民解放軍という言葉に残っているように、もともとは革命のための軍事力であり、したがって共産党の軍隊だった。その軍隊を含めて、すべての国家機構が共産党によって動かされている。それゆえ中国は、共産党による一党独裁体制だと言われるわけだが、そうした見方には十分な根拠があるというのが毛利の見立てである。彼女らしいのは、欧米の価値観では理解できないこうした独裁体制が、中国にとっては成長と安定の基盤となっていると認識していることだ。

その共産党だが、近年著しい変化が見られると毛利は言う。まず、すさまじい膨張ぶりだ。この本を書いた時点(2016年)の党員数は8700万人になっていた。これでも党員になるには厳しい条件が付けられているというから、共産党がいかに巨大な役割を果たしているかがわかる。この巨大集団の人的構成を見ると、高学歴化とエリート化が進んでいる。エリートには、専門職、管理要員、知識分子、軍人などが含まれる。かつては労働者階級の党といわれ、農民や工業労働者の割合が高かったものが、いまではそれらは比重を下げ、高学歴のエリートの割合が高まっている。その傾向は、党の上層にいくほど強まる。習近平以下党の幹部のほとんどは高学歴である。

こういうわけで、中国共産党は次第に、労働者階級の党とは言えないようになってきている。かつては、資本家は階級敵とされたものだが、いまでは党の要職になる者もいる。2002年の第16回党大会で、「三つの代表論」が採用され、私営企業家が党員になれるようになって以来、彼らの進出ぶりがめざましい。今の共産党は、社会のエリートたちによって構成され、党大会は企業を代表する金持ちたちと高級役人のサロンと化した、と言われているそうである。

とはいえ、かつて盛んに推進された民営化路線は、習近平の時代には停滞した。かわって、国進民退といわれるような、国有企業の躍進が見られるようになった。いまの中国企業は、巨大な国有企業が最大の推進力になっている。

こういう事情を踏まえて、いまの中国は国家資本主義だと毛利は言っている。それを促したのは、2008年の世界的な金融危機への対応だった。この危機にひとり中国だけが手際よく対応できたのだったが、それは国有部門に資源を集中するものだった。この成功に自信を得た共産党は、以後中国モデルという名のもとに、国進民退路線を突っ走ったというわけである。

そんなわけだから、中国は世界標準からかなり逸脱した路線を走っているわけで、今後も当分そういう傾向が続くだろう。それはそれで、中国の国力を高める働きをするかもしれないが、しかしマイナス面もあるという。共産党が国家のあらゆる部面に介入するようになり、国家権力のほかに経済をも支配するようになると、腐敗が蔓延するようになる。じっさい中国の権力者たちによる汚職は目を覆うほどだ。習近平は汚職追放キャンペーンをはってその摘発に力を入れているが、そこには権力闘争のケがみられないでもないものの、民主的な統制を欠いた権力の独走が、巨大な腐敗を生んでいることは否定できない。

腐敗の最たるものとして、買官・売官があるという。金で国家の要職の地位を売り買いすることである。対象は党大会代議員を頂点とする各級の議員である。そうした公職には、名誉の他に、実利も伴っている。だからこそ、高い金を払ってまで獲得しようとする人間が絶えないわけである。その背景には、議員が専業でないことがあると毛利は言う。議員が兼業だと、起業家との癒着や官商支配体制を生み、それが腐敗につながりやすいというのだが、果たしてそうだろうか。

今後の中国にとって最も大きな問題となるのは、対外的な膨張主義だという。その膨張主義の影響が、日本との間には尖閣問題として先鋭化している。そうした膨張は、それ自体大きな問題だが、もっと問題なのは、中国国内に形成されつつある利益集団がそれを推進するということだ。中国には、石油などの資源をめぐる強大な利益集団(巨大企業や軍によって構成される)が形成され、それが国の外交に強い影響力を発揮する兆しが見えると言う。利益集団が国家の政策を左右することは、アメリカなど欧米諸国でも珍しいことではないが、中国の場合には、いままでの歴史的な蓄積がないだけに、どのような結果をもたらすのか。あるいは暴発してよからぬ事態を招くのではないか。そのあたりを十分見極めていく必要がある、ということらしい。




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作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2009-2020
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