漢詩と中国文化
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胡旋女:白楽天を読む


白楽天の「新楽府」から「其八胡旋の女」(壺齋散人注)

  胡旋女 胡旋女   胡旋の女 胡旋の女
  心應弦 手應鼓   心は弦に應じ 手は鼓に應ず
  弦鼓一聲雙袖舉  弦鼓一聲 雙袖舉がり
  回雪飄搖轉蓬舞  回雪飄搖し 轉蓬舞ふ
  左旋右轉不知疲  左に旋り右に轉じて疲れを知らず
  千匝萬周無已時  千匝 萬周 已む時無し
  人間物類無可比  人間物類 比すべき無く
  奔車輪緩旋風遲  奔車 輪緩 旋風 遲し
  曲終再拜謝天子  曲終り再拜して天子に謝す
  天子為之微啟齒  天子之が為に微かし齒を啟(ひら)く

胡旋の女は、心は絃に応じ、手は鼓に応じる、絃と鼓が一斉になると両手が上がり、雪のように廻り、蓬のように舞う(西域から伝わった舞)

左に旋回し右に回転して疲れを知らぬ、千回も万回も続いてやむときがない、この世の中で比較するものなく、奔車も輪緩も旋風もこれに比べればまどろっこしい、曲が終わると天子に向かって再拝する、それを見た天子は思わず歯を開いて笑う(千匝萬周:匝も周も回転のこと、人間物類:世の中にある様々な物)

  胡旋女 出康居   胡旋の女 康居に出ず
  徒勞東來萬里余  徒勞して東來すること萬里余
  中原自有胡旋者  中原に自ずから有胡旋の者有り
  斗妙爭能爾不如  斗妙 爭能 爾如かず
  天寶季年時欲變  天寶の季年 時に變はらんと欲し
  臣妾人人學圜轉  臣妾人人 圜轉を學ぶ
  中有太真外祿山  中に太真有り 外には祿山
  二人最道能胡旋  二人最も道ふ 能く胡旋すと

胡旋の女は康居の生まれ、徒労して万里の彼方からやってきた、ところが中原には既に胡旋の名手がいて、その技は汝の比ではない(康居:西域にある土地の名前、徒勞:折角やってきたが結果的に無駄だったことをあらわす)

時に天宝時代の末年、世の中は変わろうとしていた、誰もかれもが回転技を学ぼうと夢中、中に二人の名手あり、中には楊貴妃、外には安禄山、二人とも胡旋がうまいともっぱらの評判だ(圜轉:回転)

  梨花園中冊作妃  梨花園中 冊して妃と作し
  金雞障下養為兒  金雞障下 養ひて兒と為す
  祿山胡旋迷君眼  祿山の胡旋 君は眼を迷はし
  兵過黃河疑未反  兵黃河を過ぐるも未だ反せずと疑ふ
  貴妃胡旋惑君心  貴妃の胡旋 君が心を惑はし
  死棄馬嵬念更深  死して馬嵬に棄つるも 念ひ更に深し
  從茲地軸天維轉  茲(これ)より地軸天維轉じ
  五十年來制不禁  五十年來 制せど禁ぜず

楊貴妃は梨花園に囲われて皇后となり、安禄山は金雞障にあって楊貴妃の養子となった、安禄山の胡旋は天子の目を惑わし、兵が黄河を超えて攻めてきてもまだ気が付かないありさま(梨花園:玄宗が宮殿内に設けた歌舞恩曲の教習所、金雞障:金雞を描いた障子のこと)

楊貴妃の胡旋は天子の心を惑わし、死んだ後に馬嵬に葬ってなお忘れられないありさま、これより世の中の情勢は大きく変わり、50年もというものあいだ胡旋を禁じたが、誰も従わない(馬嵬:楊貴妃が殺されて埋められた場所、地軸天維轉:地軸は大地を支える軸、天維は天のまわりの綱)

  胡旋女 莫空舞   胡旋の女 空しく舞ふなかれ
  數唱此歌悟明主  數しば此の歌を唱ひて明主を悟らしめよ

胡旋の女よ、空しく舞うなかれ、しばしばこの歌を歌って天子の心を覚らせよ


胡旋とは西域から伝わった舞。唐代は国際化が進み、外国から様々な文化が流入したが、胡旋もそのひとつ。そうした外来の文化に溺れたことが、安禄山の乱の原因となった、この楽府はそういって、軽佻浮薄な外国かぶれを戒めているようである。なお、安禄山自身漢人ではなく、目の青い西域の人だったと伝えられている。






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