漢詩と中国文化
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東村二首:陸游を読む


晩年の陸游は故郷紹興の三山に隠居して充実した毎日を送っていたようだ。晴耕雨読というのではないが、天気の良い日には村里を散歩して村人と語りあい、また求めに応じて薬を調合したりもした。家にあっては詩作に励み、旺盛な創作力を発揮した。彼は80を過ぎてなお、みずみずしい詩を作り続けることができたのである。その原動力が、心身ともに充実した生活であり、それを彩っていたのは活発な社交であった。

そんな晩年の生き方の一端を感じさせる作品に、東村二首がある。慶元五年(1199、75歳)の時のものである。

其一

  野人知我出門稀  野人 我が門を出づることの稀なるを知り
  男輟鉏耰女下機  男は鉏耰(しょゆう)を輟め 女は機より下る
  掘得茈菇炊正熟  茈菇(しこ)を掘り得て 炊(かし)ぎて正に熟せしめ
  一杯苦勧護寒帰  一杯 苦(ねんごろ)に勧めて 寒に帰るを護る

村人は私が久しぶりに門を出て散歩しているのを知って、男は鋤の手を緩め、女は機織りの機械からおりて挨拶してくれる、また、くわいの根っこを掘りだして料理し、熱燗を振る舞って寒中帰りやすいようにと配慮してくれる(野人:田舎の人、鉏耰:鉏は鋤、耰は鋤で耕す事、茈菇:くわい)


其二

  野人喜我偶閑遊  野人 我の偶(たまたま)閑遊するを喜びて
  取酒怱怱勧小留  酒を取りて 怱怱として 小留を勧む
  舎後携籃挑菜甲  舎後に籃を携へて 菜甲を挑(つ)み
  門前喚擔買梨頭  門前に擔を喚びて 梨頭を買ふ

村人が私の散歩しているのを喜んで、酒を用意してちょっと寛いでいくように勧めてくれる、そして籠を携えて裏庭に野菜を摘みに行き、門前に某振りを呼び寄せて梨を買ってくれる


どちらの詩も、たまたま東村まで散歩に出たところ、そこの村人に呼び止められて、いろいろと振る舞われるところを描いたものだ

これらを読むと、陸游がいかに近隣の人々と仲良くしていたか、よく伝わってくる。中国の詩人には、白居易や蘇軾など、庶民から慕われた人はいくらでもいるが、それらは高い身分の役人と、その赴任先の住民との関係であった。ところが陸游の場合には、まさに一生活人として、近隣の庶民の生活に溶け込んでいた様子が伝わってくるのである。






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