漢詩と中国文化 |
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山南行:陸游を読む |
南鄭での張りつめた日々を歌った詩からもうひとつ、「山南行」を紹介する。山南とは秦嶺山脈の南という意味で、南鄭の位置する漢中最奥地帯をさす。「行」とは「詞」の一種で、節をつけて歌うことを目的としたものだ。 山南行 我行山南已三日 我山南を行くこと已に三日 如繩大路東西出 繩の如き大路 東西に出づ 平川沃野望不盡 平川 沃野 望めど盡きず 麥隴青青桑鬱鬱 麥隴青青として 桑鬱鬱たり 地近函秦氣俗豪 地は函秦に近くして 氣は俗豪 鞦韆蹴踘分朋曹 鞦韆 蹴踘 朋曹を分かつ 苜蓿連雲馬蹄健 苜蓿 雲に連りて 馬蹄健やかに 楊柳夾道車聲高 楊柳 道を夾んで 車聲高し 山南(南鄭)に来てから三日が過ぎた、ここは縄のような大路が東西を貫いている、平川沃野が見渡す限り続き、麦畑は青々として桑は茂っている、 この地は函秦(長安周辺の一帯)に近く人民の気質は豪快だ、鞦韆(ブランコ)蹴踘(けまり)をやるにも二手に分かれて争う、苜蓿(うまごやし)が雲に連なって広がる中を馬が走り抜け、楊柳の並木の間を戦車が音固く進んでいく 古來歷歷興亡處 古來歷歷たり 興亡の處 舉目山川尚如故 目を舉ぐれば 山川尚ほ故の如し 將軍壇上冷雲低 將軍 壇上 冷雲低れ 丞相祠前春日暮 丞相 祠前 春日暮る 國家四紀失中原 國家 四紀 中原を失ふ 師出江淮未易吞 師江淮に出ださば未だ吞み易からず 會看金鼓從天下 會らず金鼓の天より下らんを看んには 卻用關中作本根 卻って關中をもって本根と作せ 古来攻防の歴史が繰り返されてきたところ、目をあげれば山川はもとの如くに変らない、將軍の壇上には冷雲がたれ、丞相の祠前に春日が暮れた 我国は四紀(48年間)中原を失った、だが金が軍隊を攻め寄せても簡単には呑み込まれまい、きっと金が攻めて来るに違いないから、ここ關中を本拠地にして迎え撃とうではないか(將軍:漢の将軍韓信のこと、丞相:諸葛孔明をさす) |
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