漢詩と中国文化
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上陽白髪人 愍怨曠也:白楽天を読む


白楽天の新楽府より「上陽白髪の人、怨曠を愍むなり」(壺齋散人注)

  上陽人      上陽の人
  紅顏暗老白髪新  紅顏暗く老いて白髪新たなり
  綠衣監使守宮門  綠衣の監使宮門を守る
  一閉上陽多少春  一たび上陽に閉ざされてより多少の春ぞ
  玄宗末歲初選入  玄宗の末歲 初めて選ばれて入る
  入時十六今六十  入る時十六今六十
  同時採擇百余人  同時に採擇す百余人
  零落年深殘此身  零落して年深く 此の身を殘す
  憶昔吞悲別親族  憶ふ昔 悲しみを吞みて親族に別れ
  扶入車中不教哭  扶けられて車中に入るも哭せしめず
  皆云入內便承恩  皆云ふ 入內すれば便ち恩を承くと
  臉似芙蓉胸似玉  臉は芙蓉に似て胸は玉に似たり
  未容君王得見面  未だ君王の面を見るを得るを容れざるに
  已被楊妃遙側目  已に楊妃に遙かに側目せらる
  妒令潛配上陽宮  妒(ねた)みて潛かに上陽宮に配せられ
  一生遂向空房宿  一生遂に空房に宿る

上陽の人は、紅顏暗く老いて白髪が新たである、(以下、上陽の人の言葉)

綠衣の監使が宮門を守っています、ここ上陽に閉ざされてどれほどの年月が経ったでしょうか、玄宗皇帝の末年に選ばれて宮廷へお仕えしましたが、その時には16歳でしたのが今は60歳

同時に100人あまりの女性が選ばれましたが、みなうらぶれて年が経ちわたしばかりがこうして残りました、思い起こせば悲しみを呑んで親族と別れたものでした、その時には助けられて車の中に入っても泣くことを許されませんでした

皆は入内すれば天子様の寵愛をうけられるといいました、あの頃のわたしは芙蓉のような顔と玉のような胸でした、だけれどもまだ天子様にお会いできる前に、楊貴妃に睨まれてしまい、妬みからここ上陽宮に押し込められて、一生を遂に空しく過ごしました

  秋夜長      秋夜長し
  夜長無寐天不明  夜長くして寐ぬる無く天明ならず
  耿耿殘燈背壁影  耿耿たる殘燈 壁に背く影
  蕭蕭暗雨打窗聲  蕭蕭たる暗雨 窗を打つ聲
  春日遲      春日遲し
  日遲獨坐天難暮  日遲くして獨り坐せば天暮れ難し
  宮鶯百囀愁厭聞  宮鶯百たび囀ずるも愁へて聞くを厭ふ
  梁燕雙棲老休妒  梁燕雙び棲むも老いて妒むを休む
  鶯歸燕去長悄然  鶯は歸り燕は去って長へに悄然たり
  春往秋來不記年  春往き秋來して年を記さず
  唯向深宮望明月  唯だ深宮に明月を望む
  東西四五百回圓  東西四五百回 圓かなり
  今日宮中年最老  今日 宮中 年最も老ゆ
  大家遙賜尚書號  大家遙かに賜ふ尚書の號
  小頭鞋履窄衣裳  小頭の鞋履 窄(せま)き衣裳
  青黛點眉眉細長  青黛 眉を點ず 眉細くして長し
  外人不見見應笑  外人は見ず 見れば應に笑ふべし
  天寶末年時世妝  天寶の末年 時世の妝ひ

秋の夜は長い、夜が長くて眠ることもできず空もなかなか明けません、ちらちらと揺れる灯火が壁に影を写し、しとしと降る雨が窓を打つ音がします、

春の日は遅い、日が遅い中一人で坐し得いますが空はいつまでも暮れません、

宮殿の鶯が百度囀ってもわたしは悲しくて聞く気になれません、梁の燕がつがいで巣くっても老いた私には妬む気にもなれません、鶯は故郷へ帰り燕は去ってもわたしは悲しい気持ちのまま、季節が移り変わってもう何年になるでしょうか

ここ深宮で月の満ち欠けを見てきましたが、満月はすでに四・五百回も東西を往復しました、おかげで宮中第一の年寄りになってしまいました、天子様はそんなわたしに尚書の號を賜ってくださいました

そのわたしときたら先のとがった靴を履いてぴったりとした衣装を着て、黛で眉を描きますがその眉は細くて長いだけ、もしよその人に見られたら笑われるでしょう、これは天宝の昔に流行った御化粧なのです

  上陽人       上陽の人
  苦最多       苦しみ最も多し
  少亦苦       少くして亦苦しみ
  老亦苦       老いて亦苦しむ
  少苦老苦兩如何   少くして苦しむと老いて苦しむと兩つながら如何
  君不見昔時呂向美人賦 君見ずや 昔時 呂向の美人の賦
  又不見今日上陽白髪歌 又見ずや 今日 上陽白髪の歌

上陽の人は、苦しみが最も多い、若くしても苦しみ、老いてもまた苦しむ、若くして苦しむのと老いて苦しむのとどちらが辛いだろうか、

どうかご覧あれ、昔は呂向の美人の賦、またご覧あれ、いまは上陽白髪の歌


上陽とは後宮のひとつ、天子に仕えるべく召し出されながら、天子のお傍に近づくことを得ず、空しく待機する女性たちを収める場所である、この楽府は、そこで一生を過ごした薄幸の女性の生涯を歌ったもの






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